何も知らない小学生達は、もしかしたら当たり馬券が落ちているかも!と妙なテンションで朝早くから盛り上がっていて、中には、落ちていた馬券を前日の結果と照らし合わせて確認しながら掃除をしていた奴もいたくらいだった。
まあ実際、当たり馬券を手に入れたという話は一度も聞かなかったが、今となっては、そんなとこに当たり馬券が落ちている訳がない事も分かるし、懐かしい思い出だ。
そんな環境で育ったからではないだろうが、匠は中学生の頃からは、家にあったスポーツ新聞で競馬予想をして楽しんでいた。もちろん、予想するだけでなく、GⅠなどの大レースの時は、父親に頼んで馬券を買ってもらったりもしていた。
ある時など、50倍もの配当を1000円買っていて、儲かったお金で父と母と妹と4人で寿司屋さんに行ったこともあったし、欲しかったカセットテープレコーダーを当たり馬券で買ったこともあった。
子供の頃から普通に競馬がある生活だったから、大学生となり、更に大人な気分になってからは、法学部生なのに違法なことをしている自分を可笑しがりながら楽しみつつ、あまりにも自分の生活に浸透してしまっているため普通に競馬場やウインズに行っていたし、馬券も普通に買っていたのだった。
日向正寛は仙台から上京して、大学生になってから初めて競馬というものを知った。
須々木悟朗が彼を競馬場にひっぱって行ったのが始まりだった。
入学したばかりで、もともとは、家でクラッシック音楽を聴きながら純文学と言われる著書を読むのが好きな大人しい性格で人見知りをするタイプであったため、話す友達もなく学食でひとり黙々と昼食をとっていたところに須々木がとつぜん「メガネ君、ここ座っていいよね?」と言って正面の席に座って「俺、須々木悟朗。経済学部。1限のキリスト教論の授業で後ろの席に座ってたんだけど。よろしく!!」といきなり元気に自己紹介をしてきた。
彼もそんな、須々木の勢いに面食らって、「文学部日本文学科の日向正寛です。」と自己紹介をした。実は真面目そうな日向と仲良くなって、同じ学部だったらノートを借りたりしたいなどと思っていた須々木にとっては当てが外れたのだが、自分の出身地やら出身高校の話などをしてなんとなく仲良くなって、授業が終わったあと東京を案内してやるよ、と連れて行かれたのが大井競馬場のトゥインクルレースであった。
競馬場に来たのはじめての体験。きょろきょろとあたりを見回していると、「ひゅー、置いていくぞ。」とそんな日向を面白がっていた。いつのまにか、ひゅーというあだ名も付けられていた。
どう買っていいのかも分からず、好きな番号と馬の名前で買ってみたらアラ不思議。ビギナーズラックという奴で、500円が6千円に化けてしまった。
その6千円と須々木が勝った分を合わせて二人でぱーっと飲み明かした。
高校時代の彼女の話だとか、理想の女性像だとか、将来の夢だとか大学生活はこうして過ごしたいだとか、須々木の競馬の薀蓄だとか、日向は日向で「こころ」は高校時代に読んでおくべき作品だとか、モーツァルトの生涯のことを語りまくって須々木を困らせてみたりと、たくさん話をして大いに盛り上がった。
酒も初めてであったし、須々木にからかわれてむせながら煙草を吸ってみたり、と大人しい日向にはありえない初めての体験をたくさんした1日であった。
良いか悪いかは別として友達も出来たし、ちょっと儲かって東京に来て初めて楽しい時間を過ごしたりと、面白い体験をしたせいか、それ以来、完全に競馬の魅力に嵌ってしまい、毎週のように競馬場かウインズに通っている。
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