« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月21日 (火)

トゥインクルレース(3)

厩舎から戻った4人は、怜子の父が用意してくれていた1号スタンドの馬主席へと向かった。怜子の父は須々木達の席も、自分達家族と同じ馬主席を用意していてくれたのだった。至れり尽くせりの対応に須々木以外の3人は緊張気味。まあ、馬主席といっても、一般の指定席と変わらない場所にあるのだが、3人にとっては何もかもが初体験。すっかり舞い上がってしまっていた。

そんな3人の緊張をほぐしてくれたのが須々木だった。「メインへの資金稼ぎにパドック観て、しっかり馬を見ようぜ。」この一言で、席を離れた4人はスタンド上部から1Fに降りて、パドックで出走する各馬を眺めた。慣れない場所からの観戦だったのが、いつもの場所に降りて落ち着いたのか、6Rのパドック診断では4人が一致したネイティブランナーを怜子の父にも推奨。何と全員が馬券を的中してからは、いつもの調子に戻った。

夕暮れから少しずつ夜となり、カクテルライトが輝く時間になり、場内の観客の声もレースを追うごとに大きくなっていく感じの中、刻々とメインレースの時間が近づいて来る。

7時40分、いよいよパドックにメインのブリリアントカップに出走する馬達が現れた。
1番人気はハイセイコー産駒の牝馬クインハイセイコー、2番人気はブルーファイター、3番人気はチャンピオンダイナと続いている。グッドラックは14頭立ての8番人気で、単勝22倍前後を示している。本当に勝てるのか?須々木ですら不安を覚えたのが、パドックでの気合の良さを見て4人ともグッドラックの好走を確信。
 予定通り単勝を1万円購入し、後は各自グッドラックの入った3枠から思い思いの馬券を購入。1番人気のクインハイセイコーの入った1枠との1-3でも20倍あるし、3-3のゾロ目なら130倍の万馬券と好配当を示していた。

2006年11月20日 (月)

トゥインクルレース(2)

日本ダービーが終わると、東京・大井競馬場ではトゥインクルレースという名のナイター競馬が始まる。日本で始めて実施されたナイター競馬ということもあって物凄い人気を集めていた。
 平日ならば仕事が終わった後に競馬場に行けるということで、競馬ファンだけでなく、アフター5の遊びとしてサラリーマンやOLが沢山詰め掛けていたし、大井競馬場から見える程の直ぐ隣の平和島競艇場から競艇が終わった後に歩いてくるというギャンブラーも少なくなかった。
 もちろん休日ならJRAの競馬が終わった後に更に競馬が出来るとあって、多くの競馬ファンや家族連れで賑わっていた。

 5時にパドックで集合した4人だったが、実は須々木は怜子と怜子の父に頼んで、厩舎に挨拶に行く時に仲間3人も一緒に入れて貰うようにお願いしていたのだ。
 そのことを当日知らされた3人は突然のサプライズにビックリしながらもパドックで怜子と怜子の父母と対面した。軽く談笑した後、厩舎の方へと連れて行ってもらい、グッドラックと対面した。匠も慎吾も日向も初めての体験に異常な興奮を覚えながらも、怜子の家族の正装ぶりや、須々木がいつもよりきちんとした格好をしていたことも手伝ってか、3人も完全にグッドラックを応援しようと決めていた。

 匠のアイディアで、各々に買う馬券は別として、1人2500円ずつを出し合い、4人のお金を集めた合計1万円で、グッドラックの単勝を買うことを決めた。
 単勝で10倍以上つけば、阪神競馬場までの4人分の交通費は間違いなく出るし、1万円なんて単位の馬券を手にするのも初めてのことになる。4人はメインが待ち遠しくて仕方なかった。

2006年11月19日 (日)

トゥインクルレース

オグリが勝った安田記念の後、オークス、ダービーと東京競馬場で観戦した4人は、ダービーの夜も酒を飲みながら競馬談義に花を咲かせていた。
 アグネスフウジンが勝ったダービーの余韻に浸る者、皐月賞馬ハクタイセイを応援していた者、メジロライアンの逆転に賭けた者など様々ではあったが、レース後は競馬場全体で沸き起こったナカノコールで盛り上がり、馬券の当たった外れたなどはあまり気にせずに、ダービーという競馬の祭典に酔いしれていた。

 そしていよいよ再来週はオグリが挑戦する宝塚記念だ。

 須々木は前々から思っていたことを、この日一緒にいた匠や慎吾や日向に伝えた。

「宝塚記念を観に行こうと思っているんだけど、皆で一緒に行かないか?」

「えっ」残りの3人は皆一同に驚きの声をあげた。宝塚記念は阪神競馬場で行われる。東京や中山や大井のように簡単に行ける場所ではない。安田記念の夜に、オグリが海外遠征をする時は観に行こうなんて騒いでいたけど、そんなことは須々木以外は考えても見なかったようだ。

 「宝塚観に行くって、どうやって行くんだよ?電車賃だけでも往復で2万以上するだろう?!」匠は須々木に質問した。日向も慎吾もうなずいた。

 須々木は答えた。「水曜日の大井で、怜子と初めて応援した思い出の馬でもあるグッドラックが、半年ぶりにメインのブリリアントカップに出走してくる。休み明け明けで多分人気はないが、勝てると踏んで家族揃って応援に行くので、この馬の単勝を2千円も買えば、多分交通費と馬券代くらいは出るよ」と・・・

「おー馬主情報ですね」と日向が尊敬の姿勢を示しながらも茶化し気味に突っ込みを入れると匠と慎吾も笑いながら同じように茶化してみせた。
 そんな突っ込みにも負けずに須々木は話を続けた。曰く、怜子の父の愛馬が走る時、家族揃って観戦に行くときは、極めて勝率は高いんだそうだ。もちろん競馬に絶対はないから確実という訳ではないけれど、可能性は高いと思うと。
 「ヨシっ、そんな美味しい話があるのなら、大井で儲けて宝塚に行くか!!」と匠が叫ぶと、日向も慎吾も「大井で儲けて宝塚へ行こう~」と叫び、あっという間に全員一致で決定し、大笑いして更に飲んだ。
 そして、水曜日の授業が終わった後、大井競馬場パドックに集合ということで、この日は別れたのだった。

2006年11月15日 (水)

オグリキャップ(5)

競馬好きの大学生が壮大な夢物語を語ってから数日後、オグリキャップ陣営から、オグリのローテーションが発表され、スポーツ紙の記事を大きく飾った。
 何と宝塚記念出走後、北米最大のレース・アーリントンミリオンに挑戦すると発表したのだ。これにはファンもマスコミも騒然となった。海外への挑戦という言葉は理解してもイメージ出来ないファンが多数だったと思う。
 ジャパンカップ創設後、世界との差を痛感していた日本競馬界。日本史上最強馬だったシンボリルドルフを以ってしても通用しなかった世界の競馬。
 そんな中、地方からデビューし、国内のエリートをなぎ倒した不屈の魂を持つ馬、オグリキャップが海外に挑戦する。

 オグリなら、海外でも何とかしてくれるんじゃないか?!

 一気に壮行レースの感が強くなった宝塚記念だったが、気になったのが鞍上。
武豊は安田記念一戦のみの騎乗依頼だったらしく、アーリントンミリオンにしても宝塚記念にしても鞍上はまだ決まっていなかった。

 一体誰が騎乗するのか?

注目されたオグリの鞍上は、何とデビュー3年目の岡潤一郎騎手と決まった。岡騎手はデビューの年に44勝を挙げ新人賞を受賞。2年目の6月には札幌競馬場で5連続騎乗5連勝(当時の新記録)を達成。3年目となる今春にはNHK杯(GⅡ)をユートジョージで勝ち重賞初制覇。確かに若手としては乗れている騎手ではあるが、GⅠの大舞台での経験が殆どない若手の起用である。しかも間違いなく1番人気が予定されるオグリキャップに騎乗するのだ。

 オーナーと同じ高校を卒業しているから同郷のよしみで乗せるらしいとか色々と報道されたが、多くのマスコミ、ファンは不安の声の方が大きかった。

2006年11月14日 (火)

オグリキャップ(4)

匠は、宝塚記念、秋の天皇賞、ジャパンカップを勝ち、この年からGⅠに昇格されたスプリンターズSを勝ち、有馬記念を勝てば堂々の8冠となるとぶち上げた。昨年、マイルCSの後、連闘でジャパンカップを2着したオグリなら、距離体系も関係なく、こんな凄いことをやってのけるだろうと言うのだ。

 この意見には、須々木も慎吾も日向も賛成したが、日向は更に一言付け加えた。有馬を勝った後、ルドルフの成し得なかった海外GⅠ制覇で完璧でしょうと。

 これには皆、唖然とした。他のメンバーは海外の競馬ということなど、殆ど意識していなかったし、考えもおぼつかなかった。

 日向は話を続けた。ルドルフは有馬記念優勝後、アメリカ西海岸のサンタアニタ競馬場で行われたサンルイレイSに岡部騎手と挑戦して6着と敗れ、そのまま引退していると。ジャパンカップに来ない馬も含めて、世界の頂点に立ってこそ、オグリキャップのストーリーは完結するのだと。

 そこまで熱く語る日向のテンションに連られるように、「じゃあ、オグリが世界に行くときは絶対に応援に行こうぜ!」と須々木が言うと、酔っていたことも手伝ってか、一同全員で雄たけびをあげた。世界一になるオグリを観に行くぞ。と

2006年11月13日 (月)

オグリキャップ(3)

安田記念はオグリの他には、前年の優勝馬バンブーメモリーや皐月賞馬ヤエノムテキ、重賞4勝の上がり馬オサイチジョージ、前哨戦の京王杯SCの優勝馬シンウインドなどが出走していた。半年ぶりの実戦ではあったがオグリキャップは堂々の1番人気。その走りを期待してスタートを待った。

 いよいよスタート。高らかにファンファーレの演奏が始まり、ファンは手拍子をし、新聞を天に掲げて大声をあげる。

 当然のように4人も声を上げた。そして、オグリが先頭でゴールするまで、声を嗄らさんばかりに応援した。そして、そんな多くのファンの期待に応えるかのように直線で先頭に立つとファンの歓声は更に大きくなる。そして先頭に立ったまま、ゴールインした武豊&オグリキャップ。しかもレコードタイムのおまけつき。

 やはりオグリキャップは強かった。

匠も須々木も慎吾もオグリの復活走に狂喜し喜びを爆発させた。武豊とのコンビを反対していた日向もまた、反対してたことなど忘れてしまったかのように他のメンバーと一緒に喜びを分かち合っていた。レース後は府中駅前の居酒屋でSGHCのメンバーと祝杯を上げた。

 中でも話題となったのが、この後のオグリの事だった。元々クラシック登録がなかったオグリは、皐月賞、ダービー、菊花賞には出走出来ていない。中央移籍後、重賞6連勝で一気に注目馬となったのだが、その後のGⅠ勝利は有馬記念、マイルチャンピオンシップ、そして今日の安田記念と3つのタイトルしかない。
 日本史上最強と言われているシンボリルドルフは皐月賞、ダービー、菊花賞、有馬記念(2勝)、ジャパンカップ、天皇賞(春)とGⅠを7勝しているのだ。

 現在GⅠ3勝のオグリがルドルフを超えるには、GⅠを7勝以上することが必要になる。

2006年11月12日 (日)

オグリキャップ(2)

 この敗戦後、再び休養し、5歳春の緒戦に陣営が選んだのが、GⅠ・安田記念だったのだ。休み明けでいきなりGⅠ。不安視する声も大きかったがファンはオグリを1番人気に支持した。そして鞍上は武豊。今回が初めてのコンビになるのだが、実は彼はオグリに騎乗する前は、嫌いな馬はオグリだと公言していた。ある意味、武豊流のオグリへの賞賛含みの言葉ではあるのだが、ファンの間では、何故に豊を乗せるのだ?という議論もあったほどだ。

当然4人の中でもオグリの鞍上武豊を歓迎する者と歓迎しない者に分かれた。

中でも日向は頑なに反対論を語っていた。オグリの物語にはエリート騎手である武豊は必要ないと…武豊で勝ってもオグリらしくないと言い張っていた。
 他の3人は歓迎派で、スターホースとスタージョッキーの競演は、日本最強馬に相応しいというものだった。

 最強馬。何を以って最強馬とするかは別として、この頃の競馬ファンの中では、最強馬はシンボリルドルフだとするファンが一番多かったのではないだろうか?
 シンザン、ハイセイコー、スピードシンボリ、テンポイント、トウショウボーイ、カブラヤオー、ミスターシービー、タマモクロスなど、ファン自身が観て来た中から最強馬が選択されるのは当然の事であり、おそらく競馬を観ていた時代によって最強馬のイメージは違うだろう。

 そんな中でも、史上初の無敗の3冠馬となったシンボリルドルフを日本最強馬とするムードが1番強かったと思う。

オグリはまだ、最強馬と呼ばれる存在ではなかったと思う。どちらかというと、地方から中央に上がって活躍をしたハイセイコーとイメージをダブらせてマスコミも報道していたし、強さというより、不屈の闘志で頑張る馬という感が強かった。

 そうは言ってもオグリの強さはファンの多くを魅了していたし、その人気は凄まじかった。有馬記念で不可解な敗戦をしても、人気は衰えることはなく、安田記念の時だって、多くのファンが徹夜で競馬場が開くのを待っていたし、SGHCのメンバー達も、2日前から徹夜で競馬場前に陣取っていたほどだ。

 多くのファンと同じように開門と同時にゴール前を確保し、レースの時を待った。

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

最近のトラックバック

2009年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31